[代表 菅沼愛子]
宏徳エンタープライズ

代表 菅沼愛子
北米報知1998年(平成10年)7月22日(水曜日)掲載

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今私が生きているのは“おまけの人生”。7、8年前、私はもしかしたら死んでいたかもしれなかった。

ベルビューのサマミッシュ・ハイスクールにあった日本語補習学校でまだ教師をしていた頃、運動会の練習のためほとんどの教師、生徒が校庭に出ていた時に突然目を狙撃された。瞬間、私の顔も体も血だらけになった。ベルビューの救急病院の医師の診断によると、弾は動脈をかすり2、3ミリずれていたら即死ということだった。

1回目の弾の摘出手術では、4時間ほどかかったが取り出すことが出来なかった。弾は左斜めから目と鼻の間に撃ち込まれ、眼球の周りの骨3カ所にはね返り、両目の真裏に止まっていた。1回目の手術では、出血多量で命の方が危なくなるので、あきらめて閉じましたということだった。2カ月程経過して骨や血管が固まってから再手術しようということで、弾が目の裏側に入ったまま2カ月を過ごした。その後、5時間程の再手術で弾は摘出された。

ちょうど日米貿易摩擦が頂点に達した頃だったので、日本人がターゲットにされたという見方が強く、大騒ぎとなり、運動会も中止となった。市長さん、知事さんからお見舞いのカードやお花が届き、我が家はお花畑のようになった。

幸運なことに、その後の後遺症もなく、痛みもなく、傷跡もない(下瞼のまつ毛にそって切開した)。医師の話では、これを“奇跡”とは言わない、神がかっていて、どうして後遺症が残らないのか、なぜ痛みがないのか医学では説明できないと言われた。目の裏には多くの神経が入り組んでいるのと、脳に近いことから、いろんな事が懸念されたのだが......。

翌朝麻酔から醒めた私は、片目から頭にかけて斜めに包帯をぐるぐる巻きにされ、ベッドの上に横たわっていた。片目を開けたら天井だけがボンヤリ見え、やっと何があってどうしてベットの上でこうなっているのかだんだんはっきりして来ると同時に、「弾は取れたのかなあ。失明するのかなあ」と片目になった自分がこれから息子と2人どう生きて行くのか考えながらしばらくボーッとしていた。

「まあいいか、これからお嫁さんに行くわけでもないし、人生半分以上過ぎたおばさんだから、それなりに頑張って生きていけばいいさ。命があったのだし、片目はまだあるし......私の人生まだまだ大丈夫! 神様本当に有難う......」と自分に言い聞かせたら、すごく明るい気持ちになり、病院の廊下を歩きたくなったのでベッドから降りようとした時ドアのノックの音が聞こえ、一人の女性が青い顔をして入って来た。亡夫の仕事関係の方の奥様Tさんだった。取るものも取りあえず駆けつけて下さった様子だったが、その方の言葉が「菅沼さん、転勤先でご主人に先立たれるし、今度は狙撃されるし、さんざんですね! 菅沼さんの人生どうなっちゃったのかしら......。ついてないわねエ」と、暗ーい顔をしている。もちろん私を励まして下さる言葉だったのだけれど、私がせっかく明るい気持ちになっていたのにとても変な気がした。

翌日1日ベッドに寝かされていた私は、2通りの気持ちの持ち方が180度違う人生を歩ませることを感じた。

もし私がTさんのように暗ーい気持ちになっていたら、多分日本に帰国していただろう。その方が良かったか悪かったかは分からないけれど、少なくても今、私は健康で、忙しいながらも自分の仕事をこの地でしながら楽しく生きている。否定的と肯定的の2つの考えがそれぞれの人生を作り出すことをこの事件を通して学んだ。

肯定的に物事を考えた方が良いと分かっていても、そう努力するのにとても辛い時がある。気持ちが落ち込んだ時は、自分の気持ちを肯定的に持って行けないどころか、そう思いつかない事もある。ふっと足を止め、自分の心に問いかける。言い聞かせる。それはこんなこと。やーめた! 今日はもうやーめた! 何も考えるのよそう。考えないで今日は夜12時まで幸せな気持ちで生きてみよう。そしたら明日が来るから......。明日起きたら、また一生懸命考えてみよう。

そして心配事や悲しいこと、腹が立つ時、こんなことを思うようにしている。悲しみ、困難に出逢ったら、出逢ったことを嘆くより、乗り越える希望に胸をふくらませる方がいい。どこかにきっと光の差し込む窓があるから......。同じ生きるなら、大きく考えて生きたほうがいい。それだけ夢に近づけるから......。同じ人に顔を向けるなら、笑顔で見つめた方がいい。その人の心に自分の笑顔が映るから......。強い自分になりたい。強くなければ、人にやさしくなれないから......。多くの人に支えられて生きている自分もまた、多くの人を支えて生きたいと思う。そこに心豊かな人生があると思うから......。人を許せる自分でありたい。許す心に自分が救われるから。心の平和がそこにあるから......。

踏まれても、水をもらえなくても、強く明るさをふりまいて生きるタンポポ。タンポポは皆で手をつないで生きているのかな。お互いはげましあっているのかな。苦労や悲しみのない人生なんて、どこにもない。だから、どんな時も精一杯生きたいと思う。きのうのこと、明日のことを思い悩まないで今日の自分を信じ、2度と来ることのない今日という日を大切に生きたい。人生ってその繰り返し。それでいいと思う。

(すがぬま・あいこ 宏徳エンタープライズ代表)