地元人気月刊誌『ゆうマガ』2004年11月号掲載記事
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アメリカでビジネスを興した5人のアントレプレナー達。
さまざまな職種・形態で開業した彼らの軌跡を追いました。
■不動産業
『宏徳エンタープライズ』菅沼愛子さんの場合
顔写真 菅沼愛子さん
ワシントン州で唯一、日本人が経営する不動産会社『宏徳エンタープライズ』の代表。1999年『ワシントン州トップ・エージェント1%』に選ばれたほか、1996年から日本人のための不動産無料セミナーを開始している。在米24年、E-2ビザを経て永住権保持者。

顔写真


Kohtoku Enterprise, Inc.
110 110th Ave, #370A, Bellevue, WA
425-644-7437
ウェブサイト:www.kohtoku.com
不動産
▲日本にもクライアントがいるため、1日の仕事は日本からのファックスに目を通すことから始まる。ベルビューにオフィスはあるものの、菅沼さんはほとんどの場合、ホーム・オフィスでワンちゃん達に囲まれて仕事をしている

不動産
▲無料セミナーではこれまでに延べ700時間を提供し、手掛けた不動産契約はもうすぐ1,000件を超える
弊誌のバックカバーのほか、地元日系新聞の広告などでおなじみの『宏徳エンタープライズ』は、ワシントン州ベルビューにある不動産会社。当地に根を下ろして今年13年目を迎えた同社の前身が、じつは「アメリカ生活よろず相談室」だったと言えば、驚く人も少なくないだろう。

駐在員の妻として過去に2度シアトルに赴任した菅沼さんだが、2度目の赴任の約1年後、ご主人が肺ガンで亡くなる。息子の秀夫さんと2人アメリカに残るためにまず教師になったが、取得したH-1ビザの滞在は当時5年間が最長。それ以上いるためには、別の方法が必要だった。片腕がない息子さんについて、生前ご主人が語っていた言葉「ハンディキャップがあってもほかの人と同じことができれば同じ評価をしてもらえるアメリカで骨をうずめさせてやりたい」を胸に、弁護士の協力を仰ぎながら菅沼さんが出した結論は起業。E-2ビザ(条約投資家ビザ)を取得して電話と机ひとつで始めたのが、アメリカ生活での悩み事に対してアドバイスをする相談室だった。この相談室、毎日電話は鳴りっぱなしだったが、ビジネスにはならなかった。サービス(好意)に対する日本人の金銭感覚の無さが引き金となり、慈善活動に終始してしまったからだ。しかし、これがのちの不動産業進出の布石になった。相談の案件で最も多かったのが不動産関係だったからだ。
不動産
▲『ノースウエスト不動産協会』のデータベースとの共通ネットワークシステムにより、ワシントン州のすべての不動産情報がウェブサイト上で見られるようになっている
州認可の有資格者でないと不動産会社を興せないことを知った菅沼さんは、短期集中で猛勉強した末、1回で試験に合格。その後は1エージェントとして、経営者として「信頼第一」をモットーに不動産売買と会社運営に携わってきた。不動産売買に関しては、一方がアメリカ人、他方が日本人というパターンが大半なため、相反する興味と文化や法律の違いの狭間で両者の意向が理想的な形でまとまるような仲介をし、日本人ならではのきめ細やかな対応を心掛けている。経営者としては「経費に充てるお金を作り出すことが一番大変」と菅沼さん。顧客数は「紹介」により増え、『ワシントン州不動産協会』からトップ・エージェント上位1%に認定されても、そこから会社運営の費用をまかなわなければならない。「ほかの不動産会社の1エージェントとして仕事をしたら、どんなに気が楽かと思うこともある」と言う。
ゴルフレッスン
▲1999年、『ワシントン州不動産協会』に所属するエージェント17,000人の中で69番目の成績を収め、『トップエージェント1%』となった時の証書
また、言葉遣いを大切にする菅沼さんは、例えば管理している家の掃除を業者などに頼む場合、その人達を“使う”とは言わない。自分にできないことをお願いしている、お願いすることで自分が助けられているという感謝の念があるからで、雇用者が従業員と良い関係を保つ事柄のひとつと考えている。

取材中にも度々掛かってきたクライアントからの電話。簡潔だが、優しくわかりやすい説明も「できた縁を大切する」という菅沼さんのポリシーの表れだろう。